火影様が目の前にいた。間近で見たの初めてじゃないか?ってかなんでカカシはそんなに普通にしていられるんだ?相手は火影様なんだからもうちょっと礼儀って言うかさ、目上の人に対する、態度がそういうので良いわけないだろうに。
俺は呆然と2人を見ていた。が、どう見ても、なんだか親子みたいにじゃれているようにしか見えない。あ、カカシがあんな顔するの、初めて見たかも。嫌がっているけど、楽しそうな。
ちょっとほっとした。カカシにも家族みたいな人がいるんだ。
家の人は誰もいないって最初の日に聞いてから、極力家族のことは話さないようにしてた。
カカシはもう中忍で、強くて、しっかりしてるからなんでもかんでも大丈夫、なんて、そんなことは決してないと、段々とつき合っていく内に解っていったから。
カカシは、きっと俺よりも優しい。きっと任務で人を殺すこともあるだろう、血を流すこともあるだろう。でも、優しい。優しいから敵を理由もなくなぶり殺すことはないだろう。優しいから、きっと終わらせるのは一瞬だろう。
そんなことをつらつらと考えてぼんやりとしていたら、火影様が目の前に立っていた。

「君がイルカちゃんでしょ?」

声をかけられて、はいっ、イルカちゃんですっ!と言ってからはっとした。

「イルカ、ちゃん...?」

不審な目でカカシを見てやった。カカシは慌てている。

「俺は悪くないよ!?四代目が勝手にイルカを女の子って勘違いしてっ、」

「否定しなかったじゃない。」

「肯定もしませんでしたよ。」

ぷっと笑った。なんだか似たもの同士だね。しかもあのカカシが押されてる。火影様が急に身近に感じられた。

「うみのイルカです。カカシと仲良くしてもらってます。」

「礼儀正しいしっかりした子だね。アカデミー生?」

「はい、今度の試験では必ず下忍になってみせますっ。」

気合いを込めて言うと火影様は優しく笑った。里の者には寛容で温厚だけど、戦にでればその指揮は闘神のように迅速に的確に、敵の目を欺き、華麗に終結させると言う。

「俺はね、火影だけどカカシの上忍師でもあったんだ。」

それは初耳だった。火影様が上忍師だったなんて、いいなあ。

「だからカカシにとって俺は先生なのよ。ね、カカシ?」

先ほどからこちらをはらはらとした面持ちで見ていたカカシは、その言葉に気まずそうにそっぽを向いた。あれは照れているらしい。
今日はカカシのいろんな新しい一面を見られて不思議な日だ。

「それで先生、一体何の用なんです?執務室から出てきてわざわざ俺に会いに来たわけじゃないんでしょ?」

先生、の所を強調して言うカカシに火影様は苦笑いで答えた。

「たまには息抜きにね。三代目の話が長くって肩がこっちゃったのよ。でも来て良かったよ。イルカちゃんにも会えたしね。」

あの、ちゃん付けするの、やめてほしいんですけど...。
引きつった顔で、それでもなんとか笑みを返した俺はすごいと思う。

「ま、あんまり長居するのも悪いし、お邪魔虫はさっさと退散するよ。」

火影様は人好きのする笑みを見せた。そして瞬身の印を結ぶ。
さっき来たばかりなのにもう帰るのか。やっぱり忙しい人なんだな。火影様だもんな。

「四代目?」

カカシが怪訝そうな顔をしている。
火影様はカカシを見やって、そして消えてしまった。執務室に戻ったのだろう。
カカシを見るとなんだか釈然としない顔をしていた。だがすぐに気持ちを切り替えたのか、こちらにやってきた。

「イルカちゃん、なんて。本人の目の前で言わなくたっていいだろうに。今度会ったら注意しとくから。」

カカシはそう言ってため息を吐いた。いや、ため息を吐きたいのはこっちだ。

「カカシにも上忍師がいたんだね。」

「そりゃあいるよ。」

「じゃあスリーマンセルの仲間もいるの?」
言うとカカシは静かに笑って頷いた。
あ、その顔、前にも一度だけ見た。カカシが勘違いした時だ。俺が汚いって言ったら、自分のことが汚いと言われたのだと思っていた顔。
傷ついた、笑顔。きっとスリーマンセルの仲間は、もうこの世にいないに違いない。
この一年、どの友達よりも一緒に長くいた。だから解ってしまう、カカシの気持ちの揺らぎが。そして俺は、それをどうすることもできない。身近な人の死を経験したことなぞない。敵を殺したことも、仲間を守って血を流したこともない。今の俺では、カカシに何もしてやれない。

「ごめんな、カカシ。」

言うとカカシは目を見開いた。

「なーに謝ってんのっ?」

そう言って今度は優しく笑った。火影様みたいな笑顔だった。なるほど、2人は師弟だもんな。とてもよく似ているよ。

 

それからしばらくして、カカシは単独で長期の任務に就き、里から遠く離れた任地へと行ってしまった。帰るのは数ヶ月後だと言う。この一年、一週間以上の長期の任務は初めてだったので少し心配したが、カカシのことだ、今回も無傷で帰って来ることだろう。
そんなに危ない仕事ではないらしいし。
帰ってきたら魚でも焼いてやろう。カカシはサンマが好きだがその頃はもうサンマは捕れないし捕れてもあまり油がのっていないからうまくない。それでも肉よりは魚が好きだから焼いてやれば喜ぶだろう。
カカシの好物も今では把握できている。
そして今度こそはカカシが帰って来る前に下忍になって驚かせてやろう。今度こそ受かってやるのだっ。
だが、俺の願いが叶えられることはなかった。
一月後、九尾が現れて火影様は死んでしまった。丁度その頃里に帰還していた両親も参戦して散っていった。

その時の攻防で木の葉の忍びの数は激減し、上忍師になる忍びすら足りなくなり、その時期の下忍認定試験は廃止された。
カカシはその数ヶ月後、初雪の降る寒い日に帰ってきた。
お互い、身体に傷もなく、いたって見た目は元気だったけれど、お互いにわかってた。
俺たちはぼろぼろだった。
傷だらけだった。
この胸の内には叫んでも喚いてもなお収まらない激情が、暴れ、狂い、這い回っている。
その日、カカシの帰還を祝うつもりで俺からカカシを自宅に誘った。九尾の戦いで俺の家はなくなってしまい、今は仮設住宅のような一間があるだけの家にいた。
そこでカカシのために油っぽくない、俺なりに工夫した天ぷらと、俺が苦手と思わなくなるような、おこげのような炊き込みご飯で夕食にした。
カカシはがつがつと貪るように食べた。俺もがむしゃらになって食べた。食べながら目から涙が溢れて、口の中にしょっぱいものが入ってきたけどかまわずに食べた。
堪えられずに、ううっ、と嗚咽が口から漏れだして、とうとう俺は泣き出した。
まるで子どもだ。俺よりも小さい子の親だって死んだに違いない。俺よりも悲惨な状況にいる奴らだって大勢いることだろう。それでも、泣かずにはいられない。悲しまずにはいられない。
俺はこの世でたった一人ずつしかいない人たちを亡くしたのだ。もう代わりなぞいない。助けてほしい、甘ったれだっていい。なんだっていいからこの孤独を癒してほしい。
背中に温かい手の感触がした。カカシが背中を撫でてくれていた。
ああ、カカシは優しい。こんなにも欲しいものを力いっぱい与えてくれる。
だが、その優しさは毒だ。
そして理解した。このまま一緒にいたら、お互いがお互いを蝕むだろう。
夕食がすんで、俺たちは温かいお茶を飲んだ。

何も話さなかった。沈黙は、だが重苦しいものではない。ただ、会話がなくともその存在だけが愛しかった。
だからこそ言った。

「カカシ、もうここに来てはだめだ。」

「どう、して?俺のことが嫌いになったの?」

カカシは、相変わらず変な勘違いをする。俺は苦笑いした。嫌いな人間のために必死になって天ぷらを改良して、嫌いだった炊き込みご飯を自分好みの形にして、そんなことをする必要があるだろうか。

「好きだよ。だから、一緒にいてはだめだ。」

「俺が、迷惑?俺は、絶対に死なない。絶対にイルカを一人にはさせないから。これからだってちゃんと一緒にいるからっ!!」

だから自分を一人にしないで、と目が語っている。中忍だと言うのにこの拙さはなんだ。

「カカシ、傷を舐め合うのは逃げだ。俺もお前もしっかりと地に足をつけて生きていかなきゃならない。しばらく、一人になろう。」

「嫌だ、もう誰も、置いていかれるのは、嫌だっ。」

カカシが自分よりも幼く見える。けれど、俺の決心は揺らがなかった。決めたことだ。俺はもっともっと努力して下忍になる。今度こそ、次こそなる。

「カカシ、約束だ。俺がお前と同じ中忍になったら、その時にまた会おう。カカシはその頃、本当の暗部になってるかもな。」

はははと笑って俺はカカシの手を取った。そして無理矢理小指を自分の小指に結ばせる。

「指切りげんまん。」

笑って言うと、カカシは痛切な笑みを浮かべて小さく指切りげんまん、と呟いた。

それから俺たちはいろんな話しをした。夜も大分更け、雪が吹雪になっていたのでカカシを泊めて一晩中語り明かした。
その時にカカシの親友のことも聞いた。先生との思い出も話してくれた。俺は両親の事を話した。死んでいった火影様のことも話した。九尾を封印された赤子のことも話した。
泣いて、笑って、いつの間にか眠って、起きたらカカシはいなくなっていた。
布団は一つしかなかったので一緒に入って眠っていたのだが、俺が気付くこともなく出て行ってしまったらしい。
カカシらしい。朝に顔を合わせてしまったら、また苦しくなってしまうから。

「ごめん、ごめんな、カカシ。」

両親を亡くした孤独の痛みではなく、カカシのために涙を流した。